中山市朗・サルでも解る「オカルト大辞典」『あ行』


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アレイスター・クロウリー ★イルミナティ ★磐座信仰 ★お寺と神社


★アレイスター・クロウリー

アレイスター・クロウリー Aleister Crowley (1875/10/2~1947/12/1)

イギリスはイングランド生まれの、世界最悪の変人、堕落の悪魔などと悪名高き、世界でもっとも有名な魔術師です。
ビール醸造を営む裕福な家庭でありましたが、両親は厳格なキリスト原理主義者であり、子供のころに通わされたキリスト教カルヴァン一派の寄宿学校での教えに反発し、オカルティズムの世界へ没頭するようになります。
12歳の時、父エドワードが死去。以後その遺産で生活するようになります。
23歳で隠秘結社「黄金の夜明け団」(The Hermetic Order of the Golden Dawn)に入団、魔術の実践を学び、脱会すると東洋神秘学にのめりこみ、西洋魔術の体系化の中に取り入れようとします。1900年には日本にも来ました。
クロウリーの名を有名にしたのは、彼が自動書記で書いたという『法の書』でした。
エジプト滞在中に、守護天使のアイワス(Aiwass, Aiwaz)なる知性体の声を著したというもので、クロウリーはこの知性体を自らの守護天使(Guardian angel)とみなしました。知性体によると、人類の歴史は女性であるイシスが支配した時代と、現在のキリスト、ユダヤ、イスラム、仏教の男性原理のオシリスの時代を経てきたが、これからは新時代、ホルスの時代がはじまるというものでした。クロウリーは自らがその預言者であるとし、以後この悟りを実践するための魔法、儀式をあみだし、自ら秘密結社を立ち上げ、魔道師(Magus)となりましたが、結果、セックス、同性愛、アルコール、アヘンなどに溺れた生涯を送ることになりました。
1929年に著書『魔術・理論と実践(MAGICK in Theory and Practice)』の中で、クロウリーは、魔術とは儀式であり、それが神と合致する方法である、としています。そしてそれは、聖なる守護天使との会話でなければならない。それ以外を目的とした儀式、魔術はすべて黒魔術であると、定義しました。
また、儀式には幼い男児の生贄が最適であると述べ、1912年から1928年にかけて、2500人の男児を生贄にしたといっていますが、これについては彼の「劇的であることが魅力」ということからの妄言、虚言であると思われますが、生贄の重要性は、オシリスの密議から解かれたものだと思われます。
1948年、心筋退化、慢性気管支炎により、72歳で死去。
最後の言葉は「私は、困惑している……」
しかしこの言葉さえも、信用できないとする説も流布しています。

トートタロットの発案者としても知られますね。

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★イルミナティ

18世紀、ドイツ・バイエルンの実践哲学教授、アダム・ヴァィスハウプトによって結成された秘密結社。
理念として、原始共産主義というものを実践する平等主義を掲げる。そのためにキリスト教の批判も行われ、ローマ教皇や政府から危険視され、1785年に強制的に解散させられた。9年間の活動であった。
しかし、残党は残り、フランス革命に関与し、また、マルクス共産主義に受け継がれたともされる。
現在はイルミナティと名乗るエセ集団もあるので気を付けましょう。

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★磐座信仰

続きは、『中山市朗ブログ』または『中山市朗・雑記帳』にて解説をしています。

 


★お寺と神社

神社は日本の神様(八百万の神様)の御魂が祀られている。お寺は仏教の御仏が安置してある。
お寺での行事、儀式は法要、供養と言い、神社の場合はお祭りという。
お寺はインドや中国にその起源があるが、神社は日本で発祥したものである。
お寺は、僧侶や尼が住み、また修行をしたり教義を学ぶ場である。
神社には神主や巫女などが神に奉仕するために務めている。神様の姿は秘匿してある。
寺の前には山門があり、お寺の名には山号がつけられることがある。建物は本来、礼拝の対象となる仏が鎮座する堂塔、僧侶たちのいる僧坊に分かれていて、信者たちを檀家という。
神社の前には鳥居があり、拝殿、幣殿、本殿などに建物が分かれていいる場合が多く、信者たちを氏子という。
ただし、明治政府の介入による神仏分離が成される前は、わりとその違いは曖昧ではあった。

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